ぶらついた結果

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思わず断酒したくなる。アル中にお薦めの読む治療薬 風間 一輝 『地図のない街』感想

風間 一輝『地図のない街』を読んだので感想を書きます。

地図のない街 (ハヤカワ文庫JA) | 風間 一輝 | 日本の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

あらすじ

東京最大のドヤ街・山谷を舞台に、短期間に次々起こる連続行き倒れ事件。やがて事件は一本の線となり真犯人の姿が浮かび上がってくるというプロットがメインのミステリ。 なのだが、登場人物は総じてアル中であり、朝から昼からそこかしこで酒盛りが始まる。 そんな中主人公たち三人はついには酒を断つことを思い立ち、仲間同士で励まし合いながら7日間かけた壮絶な断酒業に挑む...(章の初めにも必ず「断酒◯日目・飲酒可能量」が毎回示される笑)

感想

個人的に非常に面白かった。仕事終わりの9時から読み始めてあまりに面白くて深夜3時まで一気に読んでしまった。 ハードボイルドな夜の街の描写、テンポよく展開・謎が解けていくミステリ、何より想像を絶する断酒描写。。

ここでは私が個人的に面白いと思ったポイントをいくつかご紹介していきたいと思います。

山谷の社会と労働者たちの日々

一番まともな求職が、山谷職安へ行くことだということになっている。なにしろ堂々の行政機関、公共職業安定所だ。ただし、ここで求職するには事前に日雇登録をして、日雇労働求職者給付金の被保険者手帳の交付を受けなくてはならない。これが通称〝手帳〟である

「手帳」とは日雇労働求職者給付金の被保険者手帳のこと、これを発行するためには、住民票が必要だがある時期までは偽名のドヤ証明さえあれば取れた。つまり、偽名の身分証明書が発行できる時期があったという説明が入る。この手帳を持つことは世間でいう「パスポート」を持つことと同義であるという。そのほかにも3つある求職のパターン(職安、労働センター、「オモテ」と呼ばれる手配師によるたちンボ)など、山谷の労働社会の仕組みがつぶさに描かれる。

山谷のグルメリポート

塩鮭を少量の酒に浸しておき、洗ったパセリを冷蔵庫の製氷器の上にのせた。

炊飯器の蓋を上げて、炊き上がった飯から素早く鮭を取り出して蓋を閉めた。骨から身を外してほぐす。ふたたび蓋を上げて、ほぐした身を入れ、杓文字でひっ搔き混ぜ、蓋を閉める。一〇分間、蒸らす。

鮪のぶつ切り。板わさ。御新香。鮭飯。一応は料理だ。鮭飯の上には、ぱりぱりに凍ったパセリを指先で揉んで粉々にした緑が散っている。下手に刻むより手っ取り早い。ただし、冷蔵庫のない家庭ではできない芸当。

上記のように飲酒だけでなく、食事シーンも適度に挟まれる。「揚げたてのメンチカツ」「路上冷奴」「あさてい(朝飯定食)」など、山谷独特の労働者の腹を満たすための個性豊かな料理が出てくる描写はさながら「孤独のグルメ」のようで、読んでいるだけでお腹が空いてきた。

迫真の戦闘描写

「なんだと、この野郎」と太った男が怒声をあげた瞬間を狙って、私の作業靴が焼酎の壜を真横から襲った。浮いたボールを水平に蹴る、サイド・ボレーだ。鉄板入りの作業靴は、焼酎の壜を砕き飛ばした。太った男は、手に握った、肩から上だけの壜の残骸を見て呆然としていた。瘦せた男の脚は震えている。「胸なら肋骨の二、三本が折れている」私はなるべく静かに言った。「焼酎の弁償をするつもりはないぞ」

著者はハードボイルド小説を得意としているだけあり、戦闘シーンも冗長にならない緊迫した描写になっていると思った。 また、主人公がサッカー部出身であり、キック力には自信があるが、実践者からすると「引き足がない」と嗜められ、実力者には一歩通用しないというのも、描写に説得力があった。

地獄のような禁断症状描写

「うるさい。手前えの知ったことか」私は怒鳴って、布団に寝転がった。躰が激しく震える。震える。震える。なぜだが、どうしてだかわからないが恐い。恐い。恐い。脂汗が吹き出す。脂汗が流れ出る。私の躰が、私の意志に従わない。全身が妙に硬直して、そのくせ、まるで音を立てるように激しく震える。手も脚も。顎も震えて、歯と歯が、がちがち、とぶつかりあう。助けてくれ。誰か助けてくれ。助けてくれ、と口には出せないが、誰でもいい。私の震える手を握ってくれるだけでいいのだ。それで私の心は休まるだろう。なぜだ。なぜ、私がこんなことをしなくちゃならないのだ。なぜ、こんな苦痛に耐えなくちゃならない。どうしてこんな苦しい思いをする必要がある。酒だ。酒だ、酒だ、酒だ。ウイスキイを一杯、それでいい。ウイスキイを一杯呑めば、この苦しさから解放される。呑んじゃ悪いのか。ウイスキイを一杯呑んで、私が死ぬわけでもないし、誰かに迷惑をかけるわけでもない。いや、だめだ。だめだ、だめだ。

中盤から断酒会は上記のような地獄のような描写が続く。連続行き倒れ事件の謎ももちろん気になるのだが、このような禁断症状の描写があまりにも壮絶すぎて「早く飲酒して助かってくれっ...!」と思わず手に汗を握らずにはいられない。私も読みながら嫌な冷や汗をかいていました。。

結論

絶対アル中にはなりたくないと思い、酒量を減らそうと心に固く誓った。。

あと途中で徐に名前だけ出てきた探偵がついぞ姿を表さなかったのでなんだったんだろうと思ったら、どうも前作「男たちは北へ」という小説の登場人物らしいですね。

こういうスピンオフいいですね。てっきり一作だけの作品だと思っていたので、前作も読んでみたくなりました。

男たちは北へ (ハヤカワ文庫JA) | 風間 一輝 | 日本の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

あらすじ

東京から青森まで――緑まぶしい五月の国道四号線を完全装備の自転車でツーリングする中年グラフィク・デザイナー、桐沢風太郎。ひょんなことから自衛隊の陰謀さわぎに巻き込まれ、特別隊に追跡されるはめになった。道中で出会ったヒッチハイクの家出少年、桐沢、自衛隊の尾形三佐――追う者と追われる者の対決、冒険とサスペンスをはらみつつ、男たちは北へ。男たちのロマンをさわやかに描く傑作ロード・ノヴェル。

こちらもとても面白そうです。早速Kindleで買って読みたいと思います。

そして俺も断酒っするぞっ...!!